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そして何十時間と時を奪われてしまうがいいわ……!!
続きから、「冠を持つ神の手」小話。タナッセと主人公。
知らない人はとりあえず公式行こうぜ!そして何十時間と(ry
……人様のゲームの二次創作してる場合かって話ですよね。すいませんシナリオあと半分ぐらい……。
───このまま、ずっと。
胸中にするりと入り込んだ埒もない考えに、タナッセはきつく眉根を寄せた。
(くだらない)
ぎろり、睨みつけた先には黙々と羽筆を走らせる二人目の寵愛者。その視線は今まさに取り組んでいる最中の課題にひたりと集中し、時折傍らに開いた教本へと逸れる。
一旦筆を止めた手でぱらぱらとページを捲り、参考部分をしばし見つめ、んー、と思案の産物らしき小さな唸り声を洩らして。
勉学に励む子ども。伏せられたままの顔。……見えない、額の。
───このまま、…………なければ。
「タナッセ、ここの文法なんだけど」
人の気も知らず───むしろ知られるなど死んでも御免被る忌まわしい心情ではあるが───神に選ばれし子どもが顔を上げてこちらを見る。否応なく視界に入ってしまった額に輝くは、母と従弟が持ち、そして己は持たぬ王の徴。
俄かに胸へ満ちる、憎悪。けれど本当に腹立たしいのは、今なお女々しく心にへばりついた未練。消し去りたくても消しきれぬべたつく温さ。
「何だ、そんなところで詰まっているのか? やれやれ。寵愛者の名が泣く愚鈍さだな」
鼻を鳴らしてあからさまな侮蔑の視線を投げつければ、たちまち子どもの顔がむっとしかめられ倍する勢いの反論が吐き出される。
ほぼ予期していた展開だというのに、読み書きも満足にできない頃から口だけはやたらと達者だった子どもの罵倒はなかなかに痛烈で不覚にも一瞬ひるむ程だ。勿論そのまま言い負かされる筈もなく即座に応戦を始め、やがて両者肩で息をつきだした頃には不毛なやり取りも一頻り収まり、すっきりしたような疲弊しきったような呆れ果てたような微妙な空気の中、最初の質問とその回答がぼそぼそと再開される。
そして、答えを得た子どもは再び課題に取りかかった。
伏せられる顔。戻ってきた静寂は何も室内に限ったことではない。全くもって忌々しいが、かの徴が見えなくなった途端にタナッセの心もひどく落ち着いたそれへと移り変わってしまった。
「……母上がつけた教師の方が余程親切に教えてくれるだろうに、物好きな奴め」
「親切に見下されるよりは正面から嫌味をぶつけられる方がマシ。そういうのに対処する訓練にならなくもないし」
「全てお前の都合ではないか。一応名目上の伴侶となる身だからこそこうして指導も行ってやっているが、そうでもなければお前なんぞのために私的な時間を割いてやるなどあり得ぬことなのだからな。その辺をよくわきまえておくがいい」
「かくも勿体無き御配慮御厚情を賜りまこと感謝に堪えませぬ。……ありがとう」
完全な棒読みで紡ぎ出された謝辞の句から二呼吸ほど置いて、何の捻りも飾り気もない一言が囁くように発せられる。
……子どもの顔は見えない。タナッセの顔も見られない。全く幸いなことに。
ほんの気まぐれだ。図書室でひとり机に向かっていた子どもに嫌味混じりに───というか八割方嫌味で声をかけたのも。難航していた部分へ差し出がましい文官が助言しようとしたのを遮り喧嘩を売るのと大差ない指摘をしてやったのも。……わざわざ私室に招き入れて自習の面倒を見てやっているのも、全て。
気まぐれだが、決して望まぬ結果ではなかった。
───このまま、ずっと顔を上げなければ。
無理矢理連れて来られた場所で常に毅然たる態度を崩さない不遜さ。それを裏打ちするが如く弛まず続けられている努力。身内以外で初めて出会った、嘲弄も媚びも含まぬ真っ向からの言葉と眼差し。
どれもが忌々しく、同時に小気味良い。ごくたまにではあるものの、こいつはひょっとしてこの十七年間の人生でついぞ得たことのない、友と呼びうる存在となるのではないかという血迷った考えすらよぎる始末だ。
───かの徴さえ、目にしなければ。
「あ、そうだ。来週は僕来ないから」
「……別に私は一向に構わんが、何をするつもりだ。まさかあの阿呆とくだらん遊びに興じようというのではないだろうな。お前には無駄にできる時間なぞないのだぞ」
「ユリリエにダンスを教えてもらう約束があるんだ」
その名と、言われた内容に、タナッセは思いきり表情を歪めた。
「待て。何故そんな……いや、舞踏会に向けて訓練に励むのはいい心掛けだが、何もよりによって奴に習うことはないだろうが」
「いい心掛けだと思うならいちいちケチをつけないでください。ユリリエはすごくダンスが上手いし、友達だもん」
息を呑む。
気負いなく言い放たれた一言が、予想もしなかった鋭さを帯びて心に突き刺さった。
「はっ、お前はまだここがどういった場所か理解していないらしいな。いいか、奴は生粋の貴族だ。さらに見た目はああだがお前ごときでは到底太刀打ちできん凶悪な本性の持ち主なんだぞ。そんな甘っちょろい言葉を易々と吐いていい相手ではないわ」
もやもやとした曖昧な苛立ちが胸を塞ぐ。子どもに対してずっと抱いている根源的な憎悪とはどこか性質を異にした、これは。
(くだらない。くだらない)
タナッセは一際大きく息をついた。それしきで不快さが一掃されるものでもなかったが。
「まあいいさ。わざわざ肉食獣に近寄ろうとする愚かな兎にかける言葉などない。精々おめでたい友達ごっこに勤しんで頭から食われてしまうがいい。勿論私に害を及ぼさんところでな」
「……肉食獣って……あのさあ、そこまで言うなら君が教えてくれる気はないわけ?」
不意に子どもが再びタナッセを見上げた。
徴が見える。憎悪が込み上げる。呆れ気味な台詞の意味を理解する。ざわりざわりと心が騒ぐ。
「……私が、お前に、ダンスをか」
少しだけ声が掠れた。こいつのせいだ、と我ながら理不尽な怒りが湧いた。
「うん。君も……そういえば踊っているところは見たことないけど、でも踊れるんだろ?」
「あ、当たり前だ」
こいつは。取引の相手で、手のかかる身の程知らずで、無礼な愚か者で、だが見込みが全くなくもなくて、時々心臓を抉るような言葉を吐いて、どんなに酷い言葉を投げつけても臆した素振りを見せなくて、印持ちで、生まれて初めての友人になるかもしれない相手で、憎くて、嬉しくて、だから、だから。
どちらかに振り切れてしまえば、きっと楽だろう。憎悪か、友情か、自分の中でのこの子どもの存在を確と定義付けてしまえれば、少なくともどちらつかずの葛藤からは解放される。
───幸か不幸か、タナッセには明確な選択肢が用意されてもいる。何かを捨てて得られる苦い充足は、その気になればすぐ傍に。
「……ふん。甚だ不本意で迷惑極まりない厚かましいにも程がある要望ではあるが、見当外れの侮りを受けるのも業腹だ。お前がどうしてもと言うなら教えてやらんでもないぞ」
そしてまた、選ばずに逃げた。
逸らした視線の先には、我が身を守る防壁たる修辞技法の書籍の数々。
───このまま、ずっと。
胸中にするりと入り込んだ埒もない考えに、タナッセはきつく眉根を寄せた。
分かっている。分かってはいる。このままでなどいられない。均衡はいつか必ず崩れて終わる。
だが、今だけは。
選択の時は近い。
けれど。今以上の衝撃と懊悩をもたらす第三の道が渦中の子どもによって示されることを、タナッセはまだ知る由もなかった。
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不穏前@似ているゆえの憎悪。
印を見て言えなかったから、逃げ。