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以下、ハインツ君と死霊使いinグランコクマ。この頃はかなり気合入ったオリジナル嫌いでした。
「くっだらねぇ」
吐き捨てた言葉に、現在の居候先の家主であり何故か頼みもしないのに自分の家庭教師などを買って出ている男は眼鏡を押し上げて聞いてきた。意外に興味深そうに。
「くだらない、とは?」
「この話。なーにが『残された民はいつまでも姫の慈愛に満ちた心を称え続けたのでした』だよ。てめぇらの代わりに犠牲になってくたばった女にアリガトウゴザイマスだけ言ってのうのうと暮らす連中も連中だけど、こんな奴らのために命投げ出しやがった女も救いようのねえアホだぜ」
とんとん、と開いたページに綴られた文字を指先で叩き、苛々と言い募る。
「確かに物語の方が訳しやすいけどさ。もっとマシな内容の本はねぇのかよジェイドせんせー。俺もうこんなの読みたくないでーす」
「おやおや、困りましたねぇ。我が家にある書物の中ではそれが唯一あなたの古代イスパニア語読解能力に対応したものなのですが」
「どーせ俺は絵本ぐらいしか訳せねぇ馬鹿でございますよー」
ペンを投げ出してそっぽを向く。日常生活で使う機会など無い古代イスパニア語が読めたからどうだと言うのだ。フォニック語の読み書きさえ出来れば生きていくには十分ではないか。
「それでは今日はここまでにしましょうか。明日、あなたに合った本を買いに行きましょう」
降ってきた思わぬ言葉に、ハインツはぎょっとして振り返った。
「買うって、俺に? あんたが?」
「今更驚く事でも無いでしょう。あなた方が今日まで飲み食いしてきた食事がどこから出てきたと思っているんですか」
「いやそういうんじゃなくて。わざわざ俺の我侭に付き合って本買いに行くとか、あんた普段は絶対しねぇだろそういう手間かかること。何? これってなんかひでぇ事される前フリ?」
「おや、私の好意を信じられないとでも? 傷つきますねぇ」
「嘘つけ」
ジェイドはやっぱりいつものジェイドで、だがやっぱりどこか変だった。どこが、なんてハインツには分からないし自分に関わりのない事なら特に分かりたくもないけれど。
「内容に留意していなかったのは私の落ち度ですからね。──あなたは自己犠牲が嫌いですか」
「好きな奴なんていねえんじゃねえの、特にレプリカは。オリジナルのあんたには分かんねえだろうけど」
どうせこんな皮肉、この男は気にもとめないだろう。そう思っていたのに、何気なく見上げた顔がえらく無表情になっているのに驚いた。
何だそりゃ。俺はそんなに酷い言葉を吐いた薄情者ですかそうですか。
これだからオリジナルは、と舌打ちしかけて、ふと腹いせにあることを思いついた。
「じゃあせんせー、俺からもしつもーん」
わざとらしく手を上げ、「何でしょう?」と瞬時にいつもの胡散臭い笑顔に戻ったジェイド先生に、放り出した本を突きつけた。
「もしもここが嵐の海で、この本が人ひとり掴まるのがやっとの板っきれだったら。俺らは二人とも海に投げ出されて溺れる寸前、周りには誰もいない。そしたらあんたはどうする?」
自分でも嫌な顔になってるんだろうなぁと思う薄笑いを浮かべてみせる。
答えなんて決まりきった問いだ。こいつはどう見ても人格者にも自殺志願者にも見えない。
答えが返ってきたら言ってやろう、「そういうことだ」と。それぐらいでこの男が動揺するとも思えないが、頭のよろしいジェイド先生ならこちらの言わんとするところを十分察してこんなくだらない問答はお終いにしてくれるだろう。
さあとっとと言えよ、オリジナル様?
無言で答えを促すハインツを見下ろし──ジェイドは本を手に取った。
そして、ハインツの両手に改めてしっかりと本を持たせ、自身はぱっと手を放してみせた。
「ごきげんよう」
恭しく礼をとる。──別れの挨拶と、共に。
理解と同時に、怒りが込み上げた。まさか、まさかこんな最低な答えが返ってくるとは思わなかった!
「は……」
嘘つけ、と嘲笑いかけたハインツは、しかしその直前で息をのんだ。
自分を見下ろす眼鏡の奥の、紅い一対の瞳を見て。
──なんだ、これは。こいつは。
気がつけば、持たされた本を床に叩きつけていた。
「──気持ち悪ぃ」
それだけ言い捨て、くるりと背を向ける。
養い人への態度ではないが、怒ったら怒ったで構わない。また母と二人、元の旅暮らしに戻るだけだ。だが今はそんな事よりとにかく一刻も早くこの男から離れたかった。
足早に部屋を出て行ったハインツは、だから残されたジェイドが肩を震わせて笑い出したことには気づかなかった。
「……確かに。実に馬鹿げていて、醜悪だ」
顔を覆った手の隙間から洩れた、苦いというにはあまりに自嘲の響きの強い呟きにも。